BDI(バイオダイナミックス研究所)

代表 若本勝義




兵庫県西宮市に、4人兄弟の末っ子として生まれます。



母が結核時の出産だったため、抱いてももらえず母乳もあたえられずに、何とか死なずに育った虚弱児でした。




そして、自分の世界に引きこもり周囲との関わりももてず、小さいながらにも「虚無感」のようなものを持った子供に育ちます。



しかし、この頃の「虚無感」が「創造力」と「探求心」の芽生えでもありました。










そして小学3~6年生になると強烈なイジメの日々。


「殴られた顔を、母親だけには見せたくない」


顔だけは必死で守り、嘘をつくことを憶えます。





そんな自分を、兄はいつも身体をはって守ってくれるのです。



その頃は、守ってくれる人たちの存在だけが、心の支えでした。









中学2年生の頃、ある経験を通してほとほと自分が嫌になりました。




それをきっかけに空手道場に通い、自分を変える決意をします。



「身体が変われば世界が一変する。考え方や感じ方も変わり、自分をとりまく環境が大きく変わる。」




そして、自分の決断しだいで、人生が大きくかわることの歓びを体感することとなります。











高校に入って、生まれてはじめて親友ができます。


彼は、親からのひどい虐待を受けていました。



形は違えど同じような傷をもつ彼にだけは、心を開いて何でもはなせる仲になりました。




その頃の自分は、いつまでもこんな日々がつづくものだと思っていたのです。



あの日が来るまでは…









彼は自殺しました。











深い悲しみと、持って行き場の無い怒り、大人に対する不信感… 挫折感… 






言葉では言い尽くせません。





その出来事以来、仮面をかぶった自分でしか人と関われなくなります。















大学では心理学を専行し、空手をつづけながら、美術部にも入ります。



もともと美しいものが好きで、創作するのが好きだったこともあり、陶芸や染色にもたずさわっていきました。


そして大学3回生の後半、ろくろで陶芸の製作中、直感で下腹部のある一点にヘラを当ててみました。


すると、肩の無駄な力が抜け、集中力が増し、ブレない自分を発見。




意図も簡単に、均等に粘土が引き上げられます。





「センタリング」の発見です。




さっそく武道でもためしてみると、面白いように技がきまります。





自己信頼を手にした、感動の体験でありました。













大学卒業後、スペインのマドリード大学に留学し、ロルフィングにせっせとかよう日々をすごすことになります。


当時、身体にフォーカスした心理療法が、日本ではありませんでした。

そしてロルフィングのおかげもあって、長年の課題でもあった、幼少のころのトラウマを解放することとなります。



「心の問題は、身体を通じてのアプローチぬきでは解放しきれない」




「心」と「身体」の統合です。













その後、マドリードからアフリカへの旅の途中

あらぬ冤罪をかけられ、刑務所に入れられることとなります。



強烈に悪臭を放った劣悪な環境。


鏡に写った身の毛もよだつ囚人の視線


後ろ回し蹴りをして威嚇


先の見えない極限の緊張の中、あるのは「絶望」と「孤独」でした。



そんなある日、足に激痛を感じます。


名前もよくわからない線虫みたいなのが、皮膚の中に蠢いているのです。

長さは25~26cmぐらいでしょうか。



そのとき直感でわかりました。


足がない囚人がたくさんいる理由



こいつを胴体の途中で切断せずに、全部引き抜かないとどうなるのか…




「センタリング」で中心をとります。



体感で5~6時間のすえ3匹すべて除去。





その瞬間、意識を失い、丸一日気絶することとなります。





意識がもどったときにはシフトしていました。

身体からエネルギーがみなぎっているのです。

すごいパワーを感じるのです。


後にも先にも人生最大の「センタリング体験」となりました。





その後、晴れて冤罪が証明され、出所することとなります。


一年あまりの悪夢の中で手に入れた、貴重な体験でありました。














その後、結婚と同時にスペインのマヨルカ島に移住し空手道場を開きます。





空手ブームもあり富裕層の仲間入りし優雅な生活を満喫する日々。


そんな生活に違和感を感じはじめ、東洋医学をもっと深く学ぶために、順風満帆だった道場を後輩に譲り、再び日本へ帰国することとなります。



大阪の梅田で開業。妻はパスタ専門店を開店。

順調に思えたやさき、詐欺に合い多大な借金を背負うこととなります。


気がつけば踏切に入ろうとしているところを、首根っこを引っ張られて助けられたこともありました。


普通のことをしていては一生返済できないと悟り、1年間は利息を返すだけの生活。

あとは、1日2人の患者にしぼって、寝る間もなく徹底した治療と研究に没頭しはじめます。




そのすえ、妻とはすれ違いの生活。「これ以上彼女に迷惑をかけたくない」という思いもあり別れを決意。

妻は別れたくなかったでしょうが、自身の決意は固く離婚を承諾してくれました。

勝手かもしれないですがその頃の自分にとって、これが妻へのせめてもの最後の愛情表現だったのです。




その後、独自に研究し続けた治療法の講習会を各地で開催するようになります。

一生返済できないと思えた借金を、3年で全て返済し、治療に一筋に燃えていました。





身体心理療法学院を開校。

200名近くのセラピストを輩出することとなります。

その後、現在の西宮にあるビルを買い取り移設するも、「心」と「身体」だけの治療だけでの限界を感じ始め、開校から5年の末、身体心理療法学院を閉校することにします。


このころからNLPを本格的に学びはじめ、実力と貢献が認められアジアで初めての「NLPマスタートレーナー」の資格を授与されることとなります。


そしてNLPによって「脳」が加わり、「心」と「身体」だけでの治療の限界を克服することとなります。


「脳」「心」「身体」の統合です。










BDI バイオダイナミックス研究所を設立。

そのやさき阪神淡路大震災が起こります。

リニューアルしたてのビルが半壊。また、多大な借金を背負うこととなります。

その後、当時懸命に支えてくれた現在の愛妻である知子と結婚し暖かい家庭を手に入れ、再び借金を全額返済することとなります。




そしてほっとするのもつかの間…




ガンの宣告






「さあこれからだなのに…」


人並みに「切なさ」と「凍てつくような孤独感」感じ落胆しました。


その反面、「また来たか」と中心を問われる試練であるとを実感します。



そして「脳」「心」「身体」を統合することで、自力でガンを克服できることを、身をもって証明することができました。









現在は、今までの研究と経験をもとにセラピスト、ボディワーカー、コーチの育成に全力を注いでいます。




















闇の中で生まれる光









自分を生き抜く個性











「中心を生きる」












それは「自分を超えた自分」で生きる意志。































人生は闇に満ち満ちている。

挫折したとき、別離のとき、

大切なものを手放さないといけないとき、死に直面したとき……

さまざまなときに、闇がその姿をあらわす。


時には無限の深い闇となって、目の前に立ちはばかる

恐れている自分、傷ついている自分、孤独で淋しい自分……

今まで決して見ようとしなかった闇の自分がそこにいる。

光がないとき… そんな真っ暗闇の中でもがき、苦しむ……

耐えうるばかりの苦しさの中で中心にとどまり、

闇と戦うことをやめ、闇を受け入れたとき、

闇の中にいて安らぎ

闇のなつかしさに包まれている自分に出会う……。


そのとき、人は初めて気づく



「光は闇から生まれることを……」

「光は闇に支えられていることを……」



それは光と闇の統合をはるかに超えたものであることを…

そのとき、人は自らの輝きを生きようとする

まるで、光の届かない真っ暗闇の海の奥深くで

自ら光を放つ深海魚のように……

光がなくとも内なる中心から輝こうとする……。


その輝きこそ、おのずからの輝く意志である。

それを持つとき、人は信じることを知り、真の愛を知る

生きていることの証をを知る……。




「闇にやさしく包まれ、光が闇をつらぬいたとき 私が新しく生まれた。

そのあとに 内なる輝きだけが残った……

それは 中心から輝こうとする私の意志である。」




「闇にやさしく包まれ、光が闇をつらぬいたとき 私が新しく生まれた。

そのあとに 内なる輝きだけが残った……

それは 中心から輝こうとする私の意志である。」